【WEB別冊文藝春秋】有栖川有栖×一穂ミチ オンライントークショー

「WEB別冊文藝春秋」の幕開けを記念して有栖川有栖先生と一穂ミチ先生のオンライントークショーが開催されました。ダイジェストにはなりますが備忘録としてイベントの様子をまとめました。作品の内容に触れる記述もありますので、各自判断のうえご覧ください。

開催概要

日程:2022年2月18日(金)
時間:19:00~21:00
料金:「WEB別冊文藝春秋」購読者無料、アーカイブ配信(非会員可)は1500円
会場:オンライン(Zoom)
出演:有栖川有栖先生(@sousakunet)、一穂ミチ先生(@ichihomichi)

今回オンラインでの開催だったんですが、有栖川先生のお宅から配信ということでファンならそれだけでテンションが上がってしまうのではないでしょうか(笑)イベントは前半後半の二部構成で前半は火村シリーズについて、後半は一穂さんの近刊についての話です。

実は有栖川先生と一穂先生には不思議なご縁があるそうで……

【前半】有栖川有栖先生の火村シリーズについて

まずは一穂さんと火村シリーズの出会いは20代半ばの頃。高校生からミステリーを読むようになり、有栖川先生の存在は知っていました。しかし既に火村シリーズもたくさん出ていたので読むタイミングを逃していたんですが、「46番目の密室」を読んでハマり、以降原石の発掘をするかの如く火村シリーズを貪り読んだそうです。読む前は躊躇してしまう作品量も一度ハマってしまえば宝の山に変わる、幸せな瞬間ですよね。

長編シリーズにつきものなのが、どれから読んでいいかわからない問題。作者としても読者が読み始めたときに面白いと感じて次に繋げられるかは重要です。火村シリーズはサザエさん時空(火村とアリスは年を取らない)なので、まずは「46番目の密室」を読み、そのあとは気になるものから読めばOK。とても長いシリーズですが、新たに読む人にも優しい設計となっています👍笑

そんな火村シリーズも誕生30周年!その記念作である「捜査線上の夕映え」が今年の1月11日に発売されました。まず一穂さんが触れたのが画像にもあるエモーショナルな帯、そして物語の書き出しについて。リンクを貼った文藝春秋BOOKSのサイトで冒頭部分は立ち読みできますが、「旅に出ることにした。独りで。」という書き出しからこの物語ははじまります。一穂さんはこの作品をを読み終わった時にアリスと一緒に長い旅が終わったようなホッとする気持ちと寂しい気持ちが感じられ、登場人物の心情とも重なる冒頭のこの一文がより染みたと述べていました。

小説を読むことも旅と言える

今回の作品は作中人物・事件の関係者にとって人生のある時間を旅のごとく振り返るようなものにしたかったと語っていました。旅が好きだけどコロナでそれもできないので、作中人物には旅をさせようと思ったそうです。コロナが落ち着いたらこの作品をお供に聖地巡礼の旅にでるのもいいかもれないですね。

タイトルが喚起するものに向かって書く

連載でも書き下ろし作品でもまずタイトルを決めないと書けない。今回の作品のタイトルについては「捜査線上」という言葉が堅苦しいので、それに続く言葉は叙情的、やわらかい言葉がいい。夕映えは瀬戸内海の夕景が昔から大好きで使いたいと思っていたので「捜査線上の夕映え」というタイトルになった。

ミステリーに出てくる人物は紳士淑女でなければならない

有栖川さんは自身の書く警察はリアルな警察ではなく理想の警察だと言っていました。「捜査線上の夕映え」でも防犯カメラの映像を見せてもらう手順などが細かく描写されています。これについては自身の作品にでてくることが許された警察は紳士であるということを伝える意味もあったそうです。

ミステリーは証拠もあるようなないような状態で犯人が素直に犯行を認めるのはおかしいと突っ込みを受けることもありますが、行動をきれいにトレースされてほぼ的中されている状態で認めないのはミステリーの登場人物としてみっともない。そこはファンタジーと考えを述べていました。

火村とアリスの関係性についても大人な関係、都会的な関係と表現していたように、今回話を聞いてて印象的だったのは、有栖川先生が火村やアリスを特別な存在として描いていないこと。有栖川さんが人との距離感ってこういうものじゃないですか?とサラっと語っている通り、心地よい距離感で描かれているため、読者も余計なストレス感じず読みやすくなっていると思いました。

火村の禁煙問題

喫煙をめぐる環境はシリーズ開始当時と現在では様変わりしました。火村の喫煙描写についても年々気を使って描かれているのを感じます。一穂さんは火村には今後も煙草を吸っていて欲しいので禁煙しないか心配に思っていたそうですが、有栖川さん曰くたとえ滑稽と思われても吸える場所みつけて煙草は吸い続けると思いますよ、と回答していました。

服装について

火村が白ジャケットに黒い手袋なのは警察の逆の立場を示しているのですが、今回の作品ではアリスが火村の服装に対し「独自のこだわりを持つ」と思っていることが書かれていました。アリスの服装は作中でも特に触れていないことから特質すべき恰好ではなく、TPOに合わせた格好をしているそうです。

お馴染みの準レギュラーの今後の出番は?

一穂さんからお馴染みの準レギュラーたち(片桐、浅井、真野)の今後の出番についての質問に対しては、登場人物の年齢はかわらないが、時間は常に現代という作品の仕様上、だからこそ書けるものもあるが逆に書きにくいものもたくさんある。人間関係の変化など動きには弱いシリーズなので登場させたいが思案していると回答していました。

有栖川有栖先生と一穂ミチ先生の不思議な縁

実は一穂さんは有栖川さんとは初対面ではなく今回でお会いするのは三回目。初対面は一穂さんがライターのバイトをしていた時のこと。取材対象は誰でもOKと言われた一穂さんがこれ幸いと有栖川さんにアポを取ってお宅にもお邪魔して取材させてもらったそうです。

二回目に会ったのはなんば高島屋丸善で開催された「カナダ金貨の謎」のサイン会の時。実は有栖川さんと一穂さんは担当さんが同じで、一穂さんはこの担当さんからの連絡を未読のまま放置していました。何年も経ってるし顔を覚えていないだろうということで有栖川さんのサイン会に並んでいたところ、一穂さんのことを覚えていた担当さんに連絡も返さずなにしてるんですか!と言われたエピソードは強烈でした(笑)

一穂さんがインタビューした際は「孤島のパズル」についてお話したそうです。有栖川さんの作品は本筋に関係ないところでも印象に残るシーンがたくさんあります。

接点のなかった人に手に届く機会が生まれる喜び

準レギュラーたちの話の際にも少し触れていた通り、有栖川さん曰く私の作品は映像化しにくいと言っていましたが、火村シリーズはドラマ化されています。

ドラマ化について原作に寄せてくれたなと思うところもあれば、再現は無理なんだなと思ったところもある。実際に連ドラを作るフォーマットに落とし込んだ時にいろいろ無理がある部分がでてきて、そういった部分ではオリジナルとは距離ができてしまう。でもそれでいいと有栖川さんは言います。自身が好きな名探偵シャーロックホームズの映像化作品も、どれも作品として面白いがそれでも自分の中のシャーロックホームズ像とは完全に一致はしないのでそれぞれの中のキャラクター像を大切にしてもらえたらと述べていました。

【後半】一穂ミチ先生の近刊について

後半は一穂作品の魅力を有栖川さんが語ってくださいました。ミステリー作家の視点からの分析はこのトークイベントがあったからこそ聞けた興味深い内容でした。

ミステリー作家から見た一穂作品の魅力

「小説として豊か、読む前と読む後で心持が変わって読書体験として理想」と有栖川さんが評した「スモールワールズ」は、6つの物語で構成されています。

変幻自在の技巧

「パラソルでパラシュート」は芸人がでてくる大阪が舞台の作品。関西在住の有栖川さんには親しみのある世界。そういう小説は逆にノリがわかっているから読まなかったりするんだけど、この作品は予想とは違う厚み深みがある。声出して笑わせてもらった。

驚きの解像度で描く

いろいろな世代が抱えている人生のある時期に遭遇するドラマ。一穂さんの作品はこれくらい書けばOKとは全然違う描き方で解像度が半端ない。会話が上手い、心理描写で解像度を上げている作品もあるが、一穂さんのは何処で解像度が何処で上がっているのかわからない。そこが一穂さんの作家性で魅力、そして武器でもある。

とてもスリリングな作品

これまでの作品と違った一穂さんの新しい手札を見せてもらっている作品。この作品の解像度も只事じゃない。どうなるんだろうと思いながら連載を追っている。

「光のとこにいてね」については、一穂さんと担当編集者も非常にスリリングな思いをしながら作っていると語っていました。

一穂さんの作品を読んで連想した作家。トマス H.クックというミステリー(心理スリラー)作家の作品は主人公たちがどうなるのかハラハラしながら読むのが止まらない。穂さんがミステリーを書いたら面白いものが書けると思っている。

一穂さん自身は解像度については意識して書いているわけではない。年齢性別などおおまかな設定を決めたら書きながら考えていて、漠然とこうなると思っていたことと違うことを登場人物がやり始めたら物語が自分に馴染んできたのかなと思って楽しい。ミステリーとしての技法も特に意識はしていないが、どんな人にも秘密や嘘はあるという前提が根本にあって、そこに触れたり触れなかったりが核になっている。

それに対して有栖川さんはミステリーを謎ではなく秘密としたら、暴かれるプロセスはミステリと同じような技巧をいいタイミングで自然と使われているんだと思うと評していました。

読者からの質問

(A)有栖川さん、(I)一穂さん

大阪を描くということについて

(A)ミステリは関係者とかちょっとした調査などで地名をたくさん出すので土地勘がないと使いにくい。狭すぎても書きにくいので都市部の描写も神社仏閣なども描ける阪神くらいが程よい。

(I)地元を再発見するような楽しみがある。

文体で気を付けていること、意識していること

(A)読者がイメージしやすいように寄せて書く。

(I)中学生が読んでもわかるように書くこと、説明ではなく表現をすることはいつも心にがけている。

最近読んで面白いと思った作品

 

(A)面白いミステリー作品。ピーター・スワンソンの本はいつも読み始めると止まらない。

小説とそれ以外の読書配分は時期による。読みたい本が多すぎて集中的に読む期間を設けないと溜まっていく。

(I)沖縄の民族学の本。詳細なルポで面白かった。

小説とそれ以外の読書配分は小説6.5、それ以外3.5くらいの割合。

専業作家と兼業作家

(A)デビューしてから6年くらいは兼業していた。会社辞めて専業にあるのは片道切符なので、ずるずる続けていたのもあるが専業になって楽になった。

(I)時期によっては大変なこともあるけど、生活の安定という面では執筆以外の仕事があることは重要。

執筆のお供

(A)煙草(書きながらは吸わない)。音楽や野球中継を流すこともある。

(I)珈琲、お茶。適度に音の刺激がある方がいいので、ラジオやYouTubeは流しっぱなしにしている。

タイトルについて

(A)「捜査線上の夕映え」も本当に「夕映え」でいいのか悩んだ。「残照」だと暗いし、「夕映え」なら読者が浮かぶ景色も豊富かもしれないと思って「夕映え」に決めた。

(I)自分でしっくりくるときとそうじゃない時がある。手当たり次第に言葉を選んで担当さんに決めてもらうこともある。

有栖川さんは一穂さんの「光のとこにいてね」について、作中でも何度もでてきているが題名みただけでたまらないものがあると担当さんに話していたそうす。一穂さんの選ぶ火村シリーズの一番好きなタイトルは「妃は船を沈める」で、これには有栖川さんもこのタイトルにはプライド持っていると言っていました(笑)

いつか書いてみたい作品

(A)変わらずミステリーを書いていきたい。火村シリーズに限らず抱えているシリーズの決着についてもつけないといけない。

(I)灰色。世の中のことは大概のことが白黒つけられないと思うので、白でもなく黒でもない話を書きたい。

最後に

有栖川邸の書斎や一穂さんの火村シリーズの考察など貴重な話がたっぷり聞ける今回の配信は3月31日(木)までアーカイブで視聴できます。「WEB別冊文藝春秋」定期購読マガジン会員は無料。詳細はイベントページへ。非会員はPeatixでチケットの購入が必要です。